フラメンコの歴史

ここではフラメンコの歴史をまとめてみたいと思います。

フラメンコ歴史年表

8~14世紀(701-1400)

この間、アンダルシアはイスラム教徒、モーロ人による支配をされていました。 元々アンダルシアは商業的に盛んな地域であり、これまでにタルテッソ人、フェニキア人、ギリシャ人、ローマ人、ゲルマン(西ゴート人)、モーロ人、ペルシャ人、ユダヤ人等 の人種が移り住む歴史がありました。そのため、インド、アラブ、ユダヤ、ギリシャ等の多くの音楽文化が既にこの地に影響を残していました。

15世紀(1401-1500)

このころ、古くから移動をはじめていたインド北西部出身であるジプシー(ロマ、ヒターノとも言う。 放浪の民、職業は馬の売買人、鍛冶屋、占い師、細工物工、泥棒や山賊、乞食等)が温暖な気候を求めて大陸を渡り、 この頃、アンダルシア(スペイン南部)に住み始めました。 アンダルシアに元々あった民族音楽にこのジプシー達が影響を与え、発達した音楽が後のフラメンコとなります。

16~17世紀(1501-1700)

ジプシー迫害の歴史が始まりました。放浪の民であるジプシーは泥棒、山賊等の職業や、混血を許さない民族的な習慣等の理由により、 迫害を受け始めました。そして、政府のスペイン人への同化政策のもと、「ヒターノ移住地」に定住を強いられるようになりました。

18世紀(1701-1800)

18世紀に入っても、ジプシー迫害の歴史は続きました。そして、ジプシーは嘆き、叫び、苦しみ、 孤独等を歌(カンテ)で表現するようになりました。 こうして、今で言うフラメンコの元となる、「カンテ・フラメンコ(cante flamenco)」が誕生しました。 フラメンコの詩については、フラメンコ詩選が参考になると思います。

19世紀(1801-1900)

元々は宴会や集まりなどで歌っていたカンテ・フラメンコは、だんだんと、庶民の間に広まり、19世紀中頃、 「カフェ・カンタンテ」と呼ばれる定期的にフラメンコが上演される飲食店が誕生しました。1800年代のフラメンコアーティストとしては、カンテを中心に過去の文献等で見ることができます。(1800年代のフラメンコアーティスト

-主な有名人・出来事

1800年代のアーティスト

20世紀~現在(1901-現在)

20世紀初頭、フラメンコが大衆化を始め、スペイン各地(村、街、また闘牛場や大劇場など)でショー化してきました。 つまり、商業を優先するあまり、フラメンコの独自伝統や味わいが失われる傾向にあったようです。 ショー化した「フラメンコオペラ」とも呼ばれ、この時期は「フラメンコ不毛の時期」と称されています。

また、不毛と捉える人もいるのだから、同時に復興が始まります。経済的に好調な時期にも重なり、経済繁栄と観光産業の成長につれ、 現在のようなタブラオと呼ばれる定期的にフラメンコが上演される飲食店が生まれるようになりました。これが、「バイレ・フラメンコ」の誕生です。 またレコードの普及によりフラメンコが世界的に広まるようになり、フラメンコは世界的に聞かれ評価されはじめました。 その後、タブラオでバイレ・フラメンコが上演されるとともに、伴奏としてのフラメンコギターも発達することになります。そのころ、特に有名であったパコ・デ・ルシアのインタビューをパコ・デ・ルシア インタビュー (Rito y Geografia del Toqueの和訳)に掲載しました。当時のフラメンコギターに対する考え方が伺えます。また、他にも著名なアーティストも多数誕生し、日本人も出現することになりました。1900年代のフラメンコアーティストは、今でもCD等で録音が残されているものが多数あります。(1900年代のフラメンコアーティスト

-主な有名人・出来事

1900年代のアーティスト

参考サイト-フラメンコの歴史に関わるもの-

参考書籍-フラメンコの歴史に関わるもの-

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